1型糖尿病
1型糖尿病
人間は食事からエネルギーを得て生きています。食事の中に含まれる炭水化物は胃腸で消化されブドウ糖となって吸収され、血液にのって全身をめぐります。これを血糖と呼びます。血糖は細胞の中に入り、細胞のエネルギー源として利用されます。しかし血糖が細胞に入るためには、血糖が通れる扉を開くカギが必要です。このカギが膵臓のβ細胞で作られているインスリンという物質です。インスリンというと薬、注射というイメージを持たれるかもしれませんが、本来は膵臓が作っている物質なのです。このインスリンのように、血流に乗って必要な場所で役割を果たす情報伝達物質のことをホルモンと呼びます。
1型糖尿病は、自己免疫の暴走により膵臓のβ細胞が破壊されインスリンを作れなくなる病気です。インスリンがないので食事をしてもブドウ糖を細胞のなかに取り込むことができず、血糖が溢れてしまいます。さらに、細胞にはブドウ糖が入ってこないのでエネルギー源が枯渇してしまい、生きていくことができなくなります。
このため1型糖尿病をもつ人は、生きていくために、毎日血糖値を測定しながら、1日数回のインスリン注射、あるいはインスリンポンプと呼ばれる機械を用いてインスリンを体に補充し続ける必要があります。
1型糖尿病の発症は持って生まれた体質、ウイルス感染などが複合的に絡み合って発症します。現時点では発症を防ぐための方法はなく、明日、あなたも発症するかもしれません。
1型糖尿病は小児期から成人、高齢者、どの年代でも発症します。とりわけ小児期~青年期に発症すると本人の心理的負担は大きく、病気とともに生きることをなかなか受け入れられないまま成長することもあります。保護者も大きな心理的身体的負担を抱えている人が多いです。自分ではまだ注射を打てないお子さんのために、毎日幼稚園や小学校にインスリン注射を打ちに行っている方がいます。インスリン治療では低血糖を起こすリスクがあり、深夜に我が子が低血糖昏睡を起こしていないか、と毎晩不安な思いを抱えている方もいます。
近年では指先に針で穴をあけて絞り出した血液から血糖値を測定する方法の他に、上腕などにセンサーを装着することで、血糖値に近似する間質液の糖濃度を測定できる持続血糖測定器(CGM)が広く用いられるようになりました。これにより、本人だけでなく離れた場所にいる保護者でもリアルタイムにお子さんの血糖値の変動を把握することも可能になりました。また、この持続血糖測定器とインスリンポンプを組み合わせた治療(SAP)では、過去のインスリン注入履歴とリアルタイムCGMから得られるグルコース値に基づき、インスリン注入量を自動で調整することができます(ハイブリッドクローズドループ)。これにより、高血糖・低血糖の両方を減らし、血糖値を目標範囲内に保つ助けになります。
これらの技術の進歩は大変喜ばしいことと思います。しかし全ての1型糖尿病とともに生きる人がこれらの医療を受けられるわけではありません。なぜなら、生きていくために必要な医療であっても、医療費の自己負担があるからです。自己負担額3割の方では、大雑把に言って毎月1万円ほど、インスリンポンプでは毎月2〜3.5万円ほどの費用を「安全に生きるため」に要求されているのです。
1型糖尿病のある人は日本では約11万人と言われています。そして私もそのうちの一人です。1型糖尿病はとても珍しい病気ではありませんが、社会に広く認識されているとは言えません。インスリン注射を打つことで「そんなにひどい糖尿病なの?」と思われることもあります。1型糖尿病があっても適切に血糖値をマネジメントできれば、合併症を起こさず健康的に過ごすことは十分可能です。血糖測定器やインスリンを上手に用いて、プロスポーツ選手やF1ドライバー、そして一昔前は不可能と言われていたパイロットとして、夢を叶えている人も大勢います。
1型糖尿病のある人には「毎日毎日頑張ってきて疲れることもあるけど、頑張っているあなたは世の中でたった一人ぼっちの存在ではないこと、これだけ医学が進歩してきて便利になってきているのだから、どうかその技術を上手に使って病気とうまく付き合ってほしい。そして1型糖尿病があることも含めてあなたなのだから、あなたらしい健康で幸せな人生を過ごしてほしい」と伝えたいです。